ちょんちょんパン☆

東京都の田舎に生まれた天才になれなかった大学生の超雑記

20歳の僕が考える。人が生きる事の意味。酔っ払いながら書いてみた。

20歳になり、初めて酔っ払うほどの酒を飲んだ。

 

同い年の周りの連中が酒を飲み始める中、20になるまで我慢した僕だけど、そんな事だれも気にしちゃいないのだろう。

 

酔った勢いで、あとで読んだら小っ恥ずかしくなる様な話をしようかと思う。

 

真面目な話だ。

 

「人はなぜ生きるのか」

 

という話だ。

 

こんな口調で話しているのをあとで見たら恥ずかしくなるに違いない、けど1日くらいこんな気分で書いてみようと思う。

 

人はなぜ生きるのか。

 

「楽しいことをするため」

「生きる目的を見つけるため」

「幸せになるため」

 

おそらく人それぞれに答えがあると思う。

 

最も多い答えは「幸せになるため」だろう。多くの哲学者たちもそう答えている。

 

僕は哲学も宗教学も精神分析学も全く知らないただの普通の大学生だ。

 

そんな普通の僕が今、

 

人はなぜ生きるのか、と聞かれたらの答えはこうだ。

 

「人が生きていることに意味なんてない」

 

人が生きる意味などないのだ。

 

僕たちがなぜ、生まれたのか。

理由は簡単、生物の増えようとする本能だ。

 

ただの本能だ。

 

これを考えれば、生まれたことに意味なんてない。

強いて言うなら繁殖するため、子孫を増やすためだ。そんなもの人が生きる意味ではない。

 

人が生きている意味がないことなど宇宙規模で見てみると明らかだ。

 

果てしなく広がっている宇宙。

いや、果てはあるが、現在進行形で広がり続けている。

 

時間も何もない空間から生まれて、

人間では考えられないほどの時間をかけて、

現在の宇宙になった。

 

想像してほしい。

 

この広い宇宙の無数にある星の1つに生まれた人間に、

果たして生きていることに意味なんてあるのだろうか。

 

生まれようが死のうが、何も意味はない。

 

死んだら人はどうなるのだろうか。

 

これは完全なる憶測だが、死んだ先にあるのは

「果てしない無」だ。

 

何処にも行かず、その瞬間を持って意識も肉体も消えて無くなる感覚なのだろう。

 

結局は消えて無くなる。なにかを残したとしても永遠に残るわけではない。

 

生きる意味なんてないのだ。

 

 

 

が、それで終わりというわけにはいかない。

 

生きる意味なんてないと分かっていても死にたいとは思わない。

 

無が怖いからだ。

 

無が怖いから僕は死にたくない。ただそれだけだ。

 

生きる意味はないと分かっていても、何か生きる意味を欲しがっている。

 

ここで出てくる最も良い理由が、

 

「幸せになるため」だ。

 

この理由が1番都合が良い。

 

全ての行動に意味なんてないが、

「幸せになるため」と考えれば都合良く生きられるのだ。

 

幸せの概念はよく分からないが、自分にとったちょっと気持ちの良いことやちょっと楽しい事だろう。

 

大学に行くことも仕事をすることもお酒を飲むことも本当は何の意味もないが、

幸せになるためと考えれば都合が良い。

 

人間の行動を考えれば「幸せになるため」だと考えればうまくいく。

 

だが僕は幸せになること自体にも意味はないと思う。

 

幸せになったとしても意味なんてない。死んだあとは無だ。

 

だとしてもどうせ無くなるなら幸せでありたい。

 

僕がこんな話をすることも意味なんてないのだ。

 

人が宇宙の事を完全に理解できた時に人は生きる意味が分からんじゃないかと思う。

 

この世界は何なのか。

何のために宇宙が生まれ生物が生まれたのか。

 

宇宙の事を考えると不安になりすぎて寝れなくなるんだ。くそ。明日学校とバイトがあるのに。

 

こーやって地球の事だけを考えている間は、少し楽な気分だ。

 

明日も1日頑張ろう。生きている事に意味はないけど。